人生はクソ

私は産まれるべきでなかった。< history repeats itself >

生きるとは?

なぜ、生きたくないのかと聞かれ考えていた。

生きたくもないし産まれるべきでもなかったし生きるべきでもないと思っている。

 

そもそもで、私はままが20歳、ぱぱが16歳の時、デキ婚で産まれることになってしまった。

これだけで分かると思うけれど、私が生まれてすぐは凄く大変だったらしい。

 

それを今になってドヤ顔で大変だったのにお前を育てたんだなんて言われてもじゃあ作らなければよかったんじゃ?とかしか思えないけれど。

 

小学校低学年のかけ算を覚えたての娘に包丁を向けるまま、お前が居なければもっと幸せだったのにと言われた。

小学校4年生で不登校になった。リストカットを始めたのはこの頃。

5年生の時、世界で1番好きなおじいちゃんが亡くなった。

毎日を泣き崩れて過ごす日々を送ってそのまま中学生になった。

 

小学校の時からやっていた吹奏楽を続けたくて吹奏楽部に入った。

友達も彼氏も出来て今度こそ大丈夫だと思えた。

思えただけだった。

先輩を嫌味を言われてストレスからか元々軽く持っていた金属アレルギーが悪化して吹けないほどになってしまい退部した。

退部する条件は部員全員の前で退部理由と謝罪とお礼が必須。

泣きながらごめんなさいと言った。

友達は、悪口を言わないと仲間に入れず、嫌気がさして1人で居る事を決めた。

彼氏は、その時唯一信じれる友達だった子に奪われてしまった。

教室に居場所は無くて先輩とすれ違うと睨まれた。

幸か不幸か、親が放任だったので行くのをやめた。

 

それからの3年間は、ネットに入り浸って外に出るのは月に2回程。

自暴自棄になってあらゆる黒歴史を歩んだ。

オンラインゲームでのネット恋愛や、俗に言う裏垢などでの胸の自撮り、ボイスチャットでの男釣りなど、人としてクソみたいな事までしていた。

部屋には物が散乱して血を拭いたティッシュと空の薬の瓶が常に落ちていた。

酷い時は1ヶ月近くお風呂に入らずご飯は2日に1回しか食べなかったりした。

生きていなかった。

 

それでも憧れて羨んでなりたかった、念願の高校生になった。

入学してすぐ、その時の学校外の年上の彼氏にレイプ紛いの事をされ処女を卒業した。

腕を切った。

別れを告げて一方的に関係を絶った。

TwitterのDMが来た。

「お前は中学で不登校だったしそうやって何でも逃げるからだめなんだろ、お前如きは結局高校でも不登校になるからな、お疲れ。

あと簡単にまた開かない方がいいよ、病気もわらないようになwww」

目を疑った。

昨日まで私に愛してると伝えてた人もここまで変わってしまうのかと思った。

全てがどうでもよくなった。

 

なんとなく学校に行く日々を過していた。

段々、心と体が壊れていった。

学校に行くと必ずと言っていい程胃痛と腹痛に襲われ、胃薬は必須。

文字が書けない程手が震えたり、毎日先生に辞めたいですと言っては号泣し、廊下で過呼吸になった。

しまいには授業が始まると熱が出て保健室に行くと収まる、また授業に戻ると熱が出る、そんな状況で4ヶ月登校していた。

 

そして今は学校を辞めそうな状況になっている。

元彼の言う通りだった。

私はこうなる。

変われない自分のせいで、結局はここに行き着いてしまう。

何がダメなのか、いつからこうなったのか、沢山考えたけど分からなくて考えるのをやめた。

全てが無意味だった。

親を泣かせて、一体私は何がしたかったのか。

死ぬ事に意味をみいだしていつか死ねるその時を事を思い描いて息をする。

明日も希望もないのに将来への価値を願うはずがない。

救われたい。ここから。